今年の夏は、長くて暑い。自慢じゃないけど、あんまり暑いので、8月は映画館に一度も行きませんでした! 見たい映画はあったけど、もう、それどころじゃないくらい暑くてダメだった、、、、。
感想を書くのも億劫になっていて、最近、ようやくまた書く気になって来たので、書く気になっている間に書いておこう!とPCに向かいました。
~~以下、2作がお好きな方はお読みにならない方が良いかもです。悪意はありませんが、ほぼ悪口になっていますので。~~
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◆突然、君がいなくなって(2024年)
作品情報⇒https://press.moviewalker.jp/mv89262/
《あらすじ》 わたしを“秘密”にしたまま、恋人が死んだ。―――アイスランド・レイキャビクの美大に通うウナには、大切な恋人ディッディがいる。しかし、二人の関係は秘密だ。彼には遠距離恋愛をしている長年の恋人、クララがいる。ある日ディッディはクララに別れを告げに行くと家を出た後、事故に巻き込まれ帰らぬ人となってしまう。誰にも真実を語ることができないまま、ひとり愛する人を失った悲しみを抱えるウナの前に、何も知らないクララが現れる――。クララを励ます仲間たちを見て、ウナの心は追い詰められていく。そんななか、クララはウナに対するある思いを打ち明けるのだった…。
~公式HPよりコピペ~
本作は7月2日に見た。2か月以上経っているので、もう感想を書くのをやめようかとも思ったけど、一応備忘録代わりに。
上記あらすじには書かれていないが、最終的に、クララ(元カノ)とウナ(今カノ)は同じベッドで寝て傷を癒し合うように抱き合うのである。あ、同性愛的な意味合いではないです、ハイ。互いのわだかまりを超えて、、、みたいな感じ。
……なんだけど、コレはあり得ないね、と女の私は思ったのだった。本作の監督はルーナ・ルーナソンという男性だが、これ、男の妄想映画と言っても良いと断言しましょう。
なぜなら、私は、ウナの立場に、遠い昔、なったことがあるからです(キリッ)。
詳細は割愛するが、一応断っておくと、私と当時の彼氏は秘密の関係だった訳ではない。彼氏が重篤な病気で何日も意識不明になっている間に、元カノが「私は今もこの人と付き合ってるんですっ!」と言って出て来た、、、って感じかな。あんまり昔のことで詳細は忘れたけど。彼氏が二股していたのかどうかなんて、最早どーでも良い、とにかく、心身共に消耗したってこと。彼の親も大変だったと思うよ、マジで。
それはともかく、本作の彼は死んじゃっているわけで、もっと精神的にはダメージが大きいだろう。そんな状況で、元カノを励ます会とかあり得ないし、元カノと今カノが抱擁して哀しみを分かち合うなんて、寝言は寝て言えレベルの妄想である。
この監督は、彼氏ディッディに自身を投影して脚本を書いたに違いない。そりゃ、この話は男にとってこれ以上ない桃源郷のような世界でしょうよ。自分を愛する女2人が複雑な心境を超えて手を携え、自分のことを悼んで哀しみ合うなんてね。あの世でその光景を見て、オレってやっぱモテたんだよな、、、とか悦に入ってる自分を想像してニヤニヤしてんじゃないのかね。
本作は喪失の物語だとか言われているみたいだけど、愛する者を失うって、こんなもんじゃないと思うよ。のたうち回るような苦しみだよ。一緒になって自分を裏切っていた相手と傷を舐め合えるほど生易しいものではない。喪失からの再生は、地獄そのものです。
……とまあ、自身の経験からこのようにこき下ろしてしまったのだけど、本作をお好きな方にはごめんなさい。
あと、本作はセリフが極端に少ないのだが、それは別に良いのだけど、どうもそれがイージーな印象を受けてしまったのだよね、私は。抒情的と言えばそうなんだけど、本作には抒情性は感じられなかった。
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◆バード ここから羽ばたく(2024年)
作品情報⇒https://press.moviewalker.jp/mv89996/
《あらすじ》 シングルファーザーの父バグと暮らし、やり場のない孤独をつのらせていた少女ベイリーは、ある日、草原で服装も振る舞いも奇妙な謎の男“バード”と知り合う。彼のぎこちない振る舞いの中にピュアななにかを感じたベイリーは、「両親を探している」というバードの手伝いをはじめるが……。
~公式HPよりコピペ~
TwitterのTLにやたら絶賛コメントが流れて来るし、その前には某全国紙の映画評欄でも秋山登という評論家が絶賛していたから、何となく気になって見に行ってみた。
……結論から言うと、私はダメだった。
バリー・コーガン演ずる無学・無職・無責任な父親バグが生理的に受け付けないとか、イロイロ不衛生なのが見ていて不快になるとか、出て来る大人に誰一人マトモなのがいないとか、そういうことでダメだと言っているのではない。
本作は、少女ベイリーが謎のバードマンとの触れ合いを通して、壊れかかっている家族の再生に向き合った、、、という、一応ハッピー・エンディングなのだが、これって、平たく言うと「ファンタジーで問題山積のリアルを封じた」だけやんね? 違う??
いいのよ、別に脈絡なくバードマンが少女の前に現れてファンタジーになっても。でもさ、結局、彼女を取り巻く環境はなーんにも変わっていない、、、どころか、ハッピー・エンディングを彩るのは彼女のアホ実父とコブ付き女との再婚シーンで、むしろエンドマーク後の彼女の環境は悪化が予想されるわけよ。出会って間もないコブ付き女が家に入って来て、しかもそれをベイリーは嫌がっていて、そんな状況で、家族再生とかできると思う?
おまけに、あの三無しダメ父自身は何も変わっておらず、恐らく、ベイリーの継母となるコブ付き女とセックス三昧、異母弟妹がポコポコ出来てベイリーは世話役を押し付けられる未来が、、、見えるなぁ。
そんな映画で良いのかね? 別に、解決策を示せとは言わない。けれど、現実の厳しさをファンタジーで包んで、ハイどーぞ!!って、プロのクリエイターがやることか? しかも、この監督は“社会派”と言われているとかで、一部ではあのケン・ローチと比較されてもいる。ローチ信者の私には、それは見過ごせない。こんなんで、ローチと比較されては堪らん。
極端なことを言うと、無学・貧困の人間をじゃんじゃん再生産している“だけ”の話と言っても間違いじゃないんじゃない? そんな映画は他にもいっぱいあるだろうけど、それを「さすが“社会派”監督!!」みたいに諸手を挙げて絶賛している評論家って何なのかね? 新聞の評には批判は書けないのか?
何か、世の中の評価と、自分の受けた印象との乖離を感じる作品はよくあるけど、本作は乖離度でいうとかなり上位だな。