映画 ご(誤)鑑賞日記

映画は楽し♪ 何をどう見ようと見る人の自由だ! 愛あるご鑑賞日記です。

最近見た映画あれこれ⑫

 このところ、どうもアンテナの感度が鈍っているのか、映画を見ても感想を書く気になれない作品が多いのです。この記事に書いた2作品についても、良くも悪くも書きたいことが浮かばない。ちょっとイロイロあって(仕事)疲れている、、、というのはありますけど。気持ち的にネガティブなのかも知れません。

 ……というわけで、今回もまとめ記事ですが、自身の備忘録のために書いておきますので、内容は薄~~~いですが悪しからず。

~~以下、ネタバレしておりますので、よろしくお願いします。~~


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◆人生フルーツ(2016年)

作品情報⇒https://press.moviewalker.jp/mv61530/

 《概要》 90歳の建築家・津端修一とその妻・英子は1960年代、かつて修一が日本住宅公団のメンバーとして“自然と共生できるニュータウン”を目指し基本設計を手がけたものの、実際に完成したのは無機質な大規模団地の愛知県春日井市高蔵寺ニュータウンに暮らしている。彼らの家屋は修一が尊敬する建築家アントニン・レーモンドの自邸を模した平屋の丸太小屋だ。敷地内にある畑では多くの野菜や果実を育て、英子はそれらを収穫し修一のために手料理を振舞い、木々に囲まれて自然溢れる豊かな暮らしを送っている。ある日、修一のところに佐賀県伊万里市の医療福祉施設から設計の依頼が舞い込み、彼はこれを無償で引き受けるが、2015年6月のある昼下がり、昼寝をしていた修一はそのまま帰らぬ人となる。涙を流す英子は微笑みながら、彼のもとへすぐ行くと伝える。

wikiよりコピペ(要約しました)~

 早稲田松竹で特集上映をしていたので、9月12日に見た。

 初公開時に話題になっていたし、その後も度々あちこちでリバイバル上映されていたのも知っていたが、な~んとなく見る気がしなかった。今回見たのは、時間がポッカリ出来て、ちょうどその時間にハマる上映中の映画が本作だったので、じゃあ、見てみようかな、、、と思ったわけ。

 何で長らく見る気がしなかったかというと、この津端夫婦の住んでいた高蔵寺ニュータウンってのは、元愛知県民だった私にとってはよく知っている新興住宅地で、ちょっと身近過ぎたというのが大きい。私が小学生の頃、ご近所さんでこのニュータウンに引っ越して行った人たちは多かった。親類もその一人で(今は分からないけど)、しかも、修一さんとは恐らく仕事で近しい存在だったろうと思われ、何となく気が向かなかったのである。

 で、実際に見てみたら、別に高蔵寺ニュータウンそのものは冒頭で空撮映像が出てくるくらいで、ほとんど気にならなかったし、だったら、もっと早く見ておいても良かったじゃんね、、、と思った。

 ……のだけど、違う意味で、私はこの映画を肯定的に受け止められなかったのだ。

 確かに、この夫婦は仲良く穏やかに暮らしていて、きっと充実した日々を送っていたんだろう。でも、私の目には、妻が気ままな夫のケアを100%引き受けて成り立っている生活にしか見えなかった。

 妻はもちろん積極的にケアの役割を担っている。朝食は夫のもの(本作内では全て和食。焼き魚などのメインに複数の小皿と汁物)を用意して上げ膳据え膳、自身は別の簡単なメニュー(パン食だった)を落ち着かない様子でとる。食べている途中に夫が「このスプーン嫌だ、木のがイイ」と言うと、「ああ、そうだったね、お父さん金属のダメだったね、ごめんなさい」と言って食べるのを中断して気のスプーンを取りに行って夫に差し出す、、、なんて映像を見ていると、「スプーンくらい自分で出せや(怒)」と私は心の中で毒づいてしまうのだ。

 妻の英子さんは造り酒屋の娘として「女は物事がうまく回る様に気配りするもの、のんびり座っていてはいけない」というような環境で育ってきているせいか、夫に対しても「修一さんが過ごしやすく、元気で仕事ができるように支えることが私も務め」みたいなことを何の抵抗もなくサラリと言えてしまう人である。だから、自分が食事を中断してでも夫のスプーンを取ってやることに、何の疑問もないのだろう。

 これが、夫婦の幸せ、か。

 後半、夫が亡くなるが、その後、英子さんは毎朝夫の遺影の前に朝食を供え、「私これからどうしようかしら」みたいなことを何度も口にする。うぅむ、、、、これは見ていて気持ちの良いものではなかった。

 こういう夫婦が世の中に居たってもちろん良いのだが、何というか、「理想の暮らし」「理想の老後」「理想の夫婦」みたいな本作の位置付けはちょっと私には気持ち悪い。でも、本作は多くの人に支持されているようだし、きっと私がもの凄く捻くれているだけなんでしょう。

 
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◆ファンファーレ!ふたつの音(2024年)

作品情報⇒https://press.moviewalker.jp/mv88861/

 《あらすじ》 世界を飛び回るスター指揮者のティボ(バンジャマン・ラヴェルネ)は、ある日突然、白血病と診断される。ドナーを探す中で、自分が養子であること、そして生き別れた弟ジミー(ピエール・ロタン)の存在を知る。かつては炭鉱で栄えた町は今は寂れ、仲間との吹奏楽団が唯一の楽しみであるジミー。すべてが正反対の二人だが、ティボはジミーに類まれな音楽の才能を見出す。これまでの運命の不公平を正そうと、ティボはジミーを何がなんでも応援することを決意する。やがてその決意は、二人の未来、楽団、そして町の人々の運命をも思いがけない方向へ動かしていく──。

公式HPよりコピペ~

 白血病モノは嫌いなんだけど、チラシや予告編を見て、本作は何となく大丈夫そうな予感があったし、音楽メインの映画は劇場で見た方が楽しめることが多いので見に行ってみた、、、ら、やはり大丈夫だった。生き別れた兄弟と出会う理由としての白血病は在りがちだけど。

 予告編を見た限りでは、弟ジミーの才能が兄ティボによって発掘されて開花する、夢物語系か? と思わされたけれど、ゼンゼン違っていた。しかも、ラストは感動的なシーンなのに、悲劇を予感させるものでもあり、アンビバレントな心持にさせられて帰路につくことに、、、。

 というのも、一旦は、ジミーの骨髄提供を受けて元気になったティボが、終盤になって結局再発し、余命僅かと宣告されるのだ。また、ジミーの所属するブラスバンド部も、炭鉱閉鎖とともに存続の危機に瀕するという、シビアな展開が続く。

 スクリーンに映る明るくコメディタッチな雰囲気とは裏腹に、ストーリーは概ねシリアスなのである。ちょっとずつ想像の斜め上を行く感じで、ありきたりではないのだが、ややとっ散らかっている感が否めなかった。

 例えば、中盤、ジミーがプロオケのオーディションを受けるシーンがある。もちろん、名前も性別も分からないようにしたオーディションで、ジミーは途中でミスってしまい「もう一度やらせてください、緊張してしまって……」などと食い下がるものの、やり直しなど認められるわけはなく敢え無く退場となる。が、審査員だったティボはその声を聴いてジミーだと悟り、オーディション会場を去るジミーを追いかけて来る、、、という展開だった。

 オーディションは普通、募集段階で書類審査があるはずで、ジミーがオーディションを受けるレベルの実績がないのは書類で明らかなので門前払いになると思われる。映画だから別にイイといえばイイけれど、でも、このオーディションを受けるってのが、かなり唐突感がある。ティボも「(オーディションに来るなんて)場違いだ」とジミーに言っているけれど、、、。多分、ジミーが一念発起して、自身を変えようとしたってことだろう。でも、それはイマイチ伝わってこないよね、このシナリオでは。

 また、ジミーが楽団の指揮者に挑戦したのは良いのだが、それがジミーの人生にどう作用したのか、、、分からない。ティボとの兄弟の絆固めになったかも知らんが、どうも中途半端な展開に見える。

 いっそのこと、非現実路線で、ジミーがラストのボレロで、あの超絶難しいトロンボーンのソロをバッチリ決めて、マイナーだけどプロオケからお誘いがかかる、、、みたいな筋書きの方が面白かったのではないか、とすら思う。ジミーがトロンボーンを一生懸命練習していて、中盤で「ボレロ」がセリフに出て来た時は、そりゃもう、ジミーにあのソロを吹かせるための伏線かと勝手に思ってしまったよ。大ハズレだったけど。
 
 悪くはないけど、何となく消化不良な感じのする作品だった。

 指揮者のティボを演じたバンジャマン・ラヴェルネは、その指揮っぷりが実にリアルで素晴らしい。指揮を指導したのはアントワーヌ・デュタイイという若い指揮者だとか。アントワーヌ・デュタイイを検索したけど、ヒットしなかった。

 ジミーを演じたピエール・ロタンもトロンボーンを上手く吹いていた。オーディションの課題曲のマーラー3番のソロを練習しているシーンなんか、多分本当に吹いていて(音も吹替えじゃないと思う)、本物っぽく見えるように吹けるのはスゴいことだ。

 フランスでは大ヒットだったらしいが、どうも私はフランスのコメディのセンスが分からない。

 

 

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