映画 ご(誤)鑑賞日記

映画は楽し♪ 何をどう見ようと見る人の自由だ! 愛あるご鑑賞日記です。

“女”であるということ

 BSで「対決」というドラマが全5回で放映されて、昨日が最終回だった(多分、地上波でもいずれオンエアされるんじゃないかしらん)。全話録画して、一気見した。

 このドラマは、数年前に問題になった“医大女子受験生差別”(女子受験生だけを一律減点していたもの)を元ネタにしていて、新聞記者・檜葉菊乃がその実態を探るという内容。

 私がこの“医大女子受験生差別”のニュースを初めて目にしたのは、職場でネットを見ていたときで、見出しだけで「え゛っっ!!!!」とかなり大きな声が出てしまったくらい驚き、記事を読んで怒りのあまり仕事が手に付かなくなったのを覚えている。部外者の私がそうだったのだから、受験した女子たちの憤りは想像を絶する。 

 ところが、職場の上司(男・当時50代後半)はこの問題について、数日後の朝礼でこう言い放った。「新聞やテレビが大騒ぎしてるけど、何が問題なんですかねえ。私立大学なんだから、そんなの勝手ですよ。就職だって会社は男と女で採用分けてますからね」(実際は国立大学でも行われていたことが後日判明している)……この上司は、元々ゴリゴリのマッチョで差別発言・セクハラ発言が日常茶飯事だったが、この発言を聞いたときは、怒りを通り越えて呆れた(ちなみに3人も娘がいる父親である)。

 なので、ドラマでは思いっきりリアルな“女性差別”が描かれており、それがモロにセリフに出て来たり、映像で描写されたりしていて、見ていて非常に辛かった。バブル崩壊直後に社会人生活に突入して以後、自分が経験してきた嫌なことの数々がそこにはあり、比喩ではなく、本当に吐き気を催すのだった(特に2回目くらいまでがしんどかった)。

 男子を優先させるのには、一応理由があるとドラマでも何度も言及されている。医師不足や医師偏在など、医師のなり手についての問題は複雑だ。だから、じゃあ、女性を一律減点するのが正当化されるのか。そんな露骨な性差別をしないと維持できない仕組みが問題なのでは? という所に考えが至らない偉いさんたちは、ほとんどがオジサンである。男たちをこき使って現場が回ればそれで良し。若い男性医師たちも駒扱いなのだ。

 女性であるがゆえに被る理不尽を描いた映画は、それこそ掃いて捨てるほどあるが、映画でその手のものを見ても、このドラマを見て催すほどの吐き気は感じたことがなく(気分が悪くなることはしょっちゅうだけど、本当に吐きそうになるのとは別)、正直、自分でもちょっとビックリ。これは、このドラマが現代日本を舞台にしたもので、より身近に感じるからなのか、、、理由はよく分からない。

 今回、まとめ記事で感想を書く3本も、女であるが故の生き辛さを描いている。

 私が社会人になったばかりの90年代初期よりは色々改善されている面もあるけれど、本質的にはまだまだじゃないか、、、とはよく感じる。将来に悲観したり、楽観したり、、、私の中でも波があるが、絶望していても仕方ない。女が生き辛い世の中ってのは、1周回って、実は男も生き辛い世の中なんだ、ということは言い続けたいですね。

 ……というわけで、ようやく、映画の感想まとめ記事です。

~~男性は読まないでください。読むなら自己責任で。~~


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◆そして彼女たちは(2025年)

作品情報⇒https://eiga.com/movie/103725/

 《あらすじ》 若くして妊娠した女性たちを支援する施設で共同生活を送る、ジェシカ、ペルラ、アリアンヌ、ジュリー、ナイマの5人の少女。頼る人を持たず、貧困や暴力などさまざまな問題を抱える彼女たちは、戸惑い、悩み、目指すべき家族像を見いだせないまま母親になる。押し寄せる孤独感に飲み込まれそうになりながらも「愛する」ことを望む少女たちは、時に誰かに寄り添われ、それぞれが歩むべき道を選びとっていく。

~上記リンクよりコピペ~

 「ネタニヤフ調書~」を見たいと思って、午後から仕事をサボって見に行こうと考えたんだが、時間的に中途半端で映画1本くらい見られそうだったので、何かないかなぁ、、、と探したところ、本作がちょうど良い時間に上映していたので、あまり興味はなかったが見てみることに。

 女が理不尽な目に遭う最大の理由、、、それは、女が“産む性”だからである。

 だからこそ、理不尽さが際立つ。女たちが産まなければ、国は滅びる。今の日本がまさにソレなんだが。産まなければ「さっさとたくさん産めや!」と言われ。本作のように10代で産むことになれば「考えなしに産むな!!」と言われ。何なんだよ、まったく。

 少女たちが皆一応希望ある着地点に到達したのは良かったが、結局、妊娠にまつわるリスクや負荷は女“だけ”の問題にされてしまう。子の父親が積極的に関わるケース(ジュリー)が一例だけとはいえ、描かれていたのは救いでもある。

 こういう、女性が望まない妊娠をして途方に暮れる、、、という映画はゴマンとあるが、逃げた男たちがいかにクズかを描いた映画があってもいいんじゃない? 特に、日本では、女性が困り果てて一人で出産した挙句、乳児を死なせてしまった場合、女性は逮捕され刑事罰を受けるのである。男は? 父親は?? 無責任な射精をしたことは不問ですか???

 本作では、出産までに支援機関が手を差し延べる制度が整っており、不本意な妊娠をしても生まれて来る子を死に至らしめるケースは避けられる。だから、女性たちは刑務所に行くことなんかない。けれど、ココでも男たちは逃げ得を決め込んでいるのである。洋の東西を問わず、男たちは基本的にクソである。

 そう言えば、冒頭に挙げたドラマ「対決」の中でも、男社会をのし上がって来た女教授が言っていた。「男はバカだ」って。ホント、そう思う。 


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◆落下音(2025年)

作品情報⇒https://eiga.com/movie/103738/

 《あらすじ》 1910年代、アルマは同じ村で、自分と同じ名を持つ幼くして死んだ少女の気配に気づく。1940年代、戦争の傷跡が残る中、エリカは片脚を失った叔父への抑えきれない欲望に気づき、自らの得体のしれない影に戸惑う。1980年代、アンゲリカは常に肌にまとわりつく“何か”の視線に怯えていた。そして現代、家族と共に移り住んだレンカは、自分の存在が消えてしまいそうな孤独感に蝕まれていく。百年の時を経て響き合う彼女たちの<不安>が、この北ドイツの農場を静かに覆いつくしていく——

公式HPよりコピペ~

 何かの映画を見に行ったときに本作の予告編を見て、面白そうかも、、、?と思って、公開後早めに劇場まで見に行った。SNSで好評な割に、客席は空いていた(3~4割くらいの入りか、、、、)。

 画面は全般に暗いし、構成は各年代が断片的で提示されるし、セリフも少ないし、、、で、序盤少し退屈だった。が、アンゲリカが登場してからは、その奔放さにギョッとなり、その後は最後まであっという間だった感じ。

 ストーリーが断片的と書いたけど、確かに時空が縦横無尽に動くけれども、分かりづらい感はあまりない。100年経っても女性の“生き辛さ”って根本的に変わってないよな、、、と再確認させられた気分。歴史的には2度の戦争があり、敗戦があり、体制が変わり、、、と大きな出来事があるけれど、彼女たちの生活や苦しみはそういった鳥瞰的なものではなく、極めて虫瞰的である。

 ハネケの「白いリボン」をちょっと思い出していた。本作の方が幅広い時代を取り上げているし、女性の視点が強調されてはいるが、一人一人の生活と国単位の歴史的出来事との隔たりの大きさと近さみたいなものは、共通している気がする。

 本作は“ホラー”とも言われているが、気味が悪いのは圧倒的に「白いリボン」の方だろう。本作は、そういう意味では割とストレートな描き方だと思った。ただ、ちょっと作りが“狙い過ぎ”な感じは受ける。文学的といえばそうかもだが、ガルシア・マルケスの『百年の孤独』ほどの魅力は感じなかった。

 ここでも、女は“産むこと”だけを押し付けられ、あとは男たちのケアをするのが当たり前の世界。結婚しか女の生きる道がない、それが受け入れられないなら自死するしかない、、、というまさに地獄絵図。

 それ故かどうか分からないが、何というか、足下から崩れるような、輪郭がぼやけるような、、、そんな感じが音と映像から迫ってきて居心地は悪かった。でも長さは全く感じなかった。好きとは言えないけど、早稲田にでも来たらもう一回見て、イロイロ確認したいかも。


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◆決断するとき(2024年)

作品情報⇒https://eiga.com/movie/101112/

 《あらすじ》 舞台は1985年、アイルランドの小さな町。炭鉱商人として生計を立て、家族と慎ましく暮らすビル・ファーロング(キリアン・マーフィー)は、クリスマスが近づくある日、石炭を届けに訪れた地元の修道院で、目を背けたくなる現実を目撃する。そこに身を置く少女から「ここから出してほしい」と懇願され、若い女性たちが行き場もなく苦しんでいる現実と向き合うことに。見て見ぬふりをすることが賢明だと理解しながらも、良心の呵責に悩むビル。そんな彼が、ついに下す決断とは――。

公式HPよりコピペ~

 内容は全然知らずに、ポスターのキリアンの表情に興味をひかれて劇場へ、、、。

 ……え゛、マグダレン収容所の話??? がーん、、、。これはシンドイ。が、後悔してももう遅い。映画はもう始まって大分経つ。

 そうなんです、この修道院が、あのマグダレン収容所だと分かるのが、結構時間が経ってからだったのですよ。うぅ、、、知っていたら見に来なかったかも。

 同じ、マグダレンを扱った「マグダレンの祈り」(2002)を見たときの憤りは感じなかったけど、キリアンの終始苦悩した表情に、こちらまで鬱鬱とした気持ちになる。

 最終的に、彼は秩序を乱すことを決断してジ・エンドなのだが、本当に彼が大変なのは本作が終わった後の日々である。それを思うと、彼が正義を貫いたことに対するカタルシスなど微塵もなく、劇場を出る足取りは重くなる、、、。

 感想は、みんシネに書いた(2008.10.29)「マグダレンの祈り」のものと同じなので貼っておきます。

なんともはや憤懣やるかたない映画。アイルランドの恥部と言われているらしいこの収容所の話、映像化するだけでも意味があったと思う。先日見た『4ヶ月、3週と2日』もそうだが、性的問題において、性交渉の結果妊娠する側の女性は、本当に不条理な扱いを受ける。オトコは放出して終わり。そして、一緒になって糾弾する側にまわる。お気楽で羨ましい限りだ。常々、妊娠する確率が男女50/50だったらどんなに世の中真っ当になってたろう・・・、と思う。この映画は決して前時代の話じゃない。映画ではカトリックの修道院が舞台だけど、性的な被害に遭う女性に「お前に落ち度があった」と責める構造はゼ~ンゼン変わっていないもの、日本でも。宗教という媒体があろうがなかろうが同じこと。たまたまカトリック修道院というコンバーターを通してそれがデフォルメされた形で表出しただけ。不謹慎かもしれないけれど、妊娠させた男やレイプした男たちを収容し、「避妊の仕方」とか「性欲の抑え方」を不条理なやり方で徹底的に教育する、というパロディー映画作ったらいいのに、などと思った。

 

 

 

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